【2025】レゲエの二大映画『ハーダー・ゼイ・カム』と『ロッカーズ』が示す文化の深層~ボブ・マーリーとジミー・クリフ:レゲエを世界に広めた二人の巨星の決定的な違い251127

2025/11/28

DJunji MOVIE これでいいのだ 歴史を学ぶ

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 2025/11/27 6:20:57 木曜日

気温9.5度天気、晴れ。


#音声入力日記


昨日の昼休みにサラダと絹豆腐はすでに購入してあるので、今日はそれをさくっと食べるつもりでいる。


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●レゲエの重鎮、ジミー・クリフさん逝く





悲しいニュースが入ってきた。ジミー・クリフさんが亡くなったとのことだ。御年80前後。ジャマイカ人としては大往生と言えるだろう。


レゲエという音楽が日本に紹介され始めた頃、ボブ・マーリーとジミー・クリフ、この2人のレコードがまず発売されたのではないだろうか。ボブ・マーリーの音楽は、どこか尖っていて土臭く、初めて聞く人を少し寄せつけないようなオーラを持っていた。しかし、ジミー・クリフは親しみやすく、それまで聞いていた音楽との親和性も高く、ある意味で聞きやすいレゲエであった。


何より大きかったのは、映画『ハーダー・ゼイ・カム』の存在だ。この映画と『ロッカーズ(ROCKERS)』、この2本の映画が自分の中でレゲエのカルチャーをしっかりと体に染み込ませてくれた。その1本、『ハーダー・ゼイ・カム』の主人公であり、テーマ曲も歌う。そんなレゲエの普及に努めた、ビッグアーティストである。


10年ほど前に、横浜で彼のステージを見るチャンスがあった。当時、既に70歳前後だったにもかかわらず、声の通りと張りには心底驚いた。おそらく世界中をサーキットで回っていたのだろう。全く懐メロ感などなく、現役そのまま。そして、ステージからバックバンド、もちろんセットリストに至るまで、余裕のあるパフォーマンスという印象だった。新曲やカヴァー曲を絡め、次から次へと引き込まれていく。そんな感じだ。


思うに、ボブ一人では、やはりレゲエという音楽を世界に拡散することは難しかっただろう。あの時代、もう一人、もう一つの個性、ジミー・クリフという存在があったからこそ、レゲエが世界に広まっていったのではないかと想像する。まさに冥福を祈る。そんなスーパースターに「ありがとう」を伝えたい。


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●東に向かって歩く


ここ1、2年の歴史に対する情報のインプット量のおかげで、世界における日本の存在場所や立ち位置のようなものが、おぼろげにわかってきたような気がする。そして今、東に向かって、日が昇る方向に向かって歩いている自分と重ね合わせている。


世界中に残された古い書物の中には、「陽の昇る国」「太陽が出る国」といった記述がたくさん残されている。古の人々はあの方角に何があるのだろう。太陽が出る方向に行くと、何があるのだろう。そんな想像を巡らせながら、ひたすら歩いていたはずだ。


様々な人間や歴史の営みがあるかと思うと、DNAの奥底の何かが震えるような気がする。東西南北という概念では、北が上となりがちだが、古来、ある時期までヨーロッパにおいては東こそが上とされていたようだ。なぜなら、太陽が出てくる方角だからだ。


歴史のロマン、歴史と今の自分の関わり。思いを馳せれば馳せるほど、何か体が震えてくることがよくあって、それがとても楽しい。


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