【2025】あなたの子供は「知らねえよ」を使っていませんか?その一言が示す「他責思考」の危険なサイン 251112

2025/11/13

ライフハック 高3息子くん 国内留学 生成AI

t f B! P L

 2025/11/12 6:17:36 水曜日

気温9.5度 天気晴れ #音声入力日記


真上に明るい空、半月の月が光っている。風はないものの、かなり寒く感じる朝だ。




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 ●息子くんの『ざわざわ感』収まらず。


どうにもこうにも、息子くんと今お世話になっている下宿のおばちゃんのウマが合わないようだ。


その場にいるわけではないので、息子からの情報、下宿のおばちゃんからの情報、担任の先生からの情報など、色々な話を聞いても、いまいちそのトラブルの原因がしっくりとこない。そんな状況が続いている。


息子くんの凸凹した性格特性ゆえに、これまでも様々なトラブルがあったのは事実だ。年齢を重ね、それなりの常識や判断力も伴ってきているとは思うが、やはりまだ幼い部分もある。一般的な大人から見ると、「大人のつもりで付き合おう」としても、いざそのギャップに直面すると「全く話にならない」と感じてしまうのかもしれない。


いずれにしろ、今まで周りに助けられていた部分も多く、**自分の弱さ、あるいは自分の非を認める**、という部分と向き合わなければならない。他人のせいにする、周りのせいにする、という  #他責思考 との折り合いがつかないのだと思う。


それは大人にとってもよくあることかもしれないが、今までその現実に体と向かい合うことをなんとなく避けてきた息子くんにとっては、やはり大きな大きな壁なんではないかと思う。


彼のこんなトラブル、もしくはちょっとしたトラブルになった時の会話の中に、必ず出てくるフレーズがある。「**知らねえよ**」というこのフレーズが出てきたとき、それはある意味「他人のせいにしている」「自分は正しい」という状況に陥っている、はっきりとしたサインだ。


逆に言えば、「知らねえよ」という言葉が出てくるということは、そこがきっかけ、チャンスだと思えば、自分と向き合える、自分を変えることができるのでは、なんてことも親としては思ったりする。


いずれにしろ、とても不安定な今の時期、せっかく勝ち取った4年生大学の合格の切符を無駄にすることなく、うまく乗り越えて乗り切ってほしいと思う。しかし、ごまかすのではなく、自分と向き合う。そこに彼が**一歩踏み出してほしい**と思う。


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●次のステージへの準備


次のステージへの準備として、過去の履歴書や職務経歴書など、スマホメモや転職系クラウド上に散らばっているものを整理してみたりしている。


その時その時の自分の仕事の内容、あるいはそれをどうまとめたかなどが、あまりにバラバラで統一性がないので、なんとか一つの形にできれば、なんて思っている。


そこで思い当たったのが、これまた  #生成AI を使うことである。


断片的なもの、時系列が曖昧なものなどなどを、一つのチャットに放り込む。イメージとしては、一つのフォルダに放り込むようなもの。そしてこれをもとに、「こんな文を構成してくれ」「こんなテキストを出力してくれ」なんて感じで投げてみる。


どこまでうまくいくかはわからないが、モヤモヤごちゃごちゃしたものを整理するには、誠に面白いのではと思う。


今の自分はこの過去の自分の上に成り立っている、ということを改めて自覚し、今後10年20年どんな生き方ができるのか、いつまで生きていられるかはわからないが、足元を固める。そんな作業といったところかもしれない。


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