【2025】「あいつに伝えて」1990年代、スマホのないジャマイカで友人と再会できた奇跡の理由 251217

2025/12/18

ノイズレス ルーティン 自分史 上向氣

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【2025】「あいつに伝えて」1990年代、スマホのないジャマイカで友人と再会できた奇跡の理由 251217 

2025/12/17 6:09:14 水曜日

気温4.9度。まだ暗いが天気は多分晴れ。


#音声入力日記


徐々に通い慣れてきたローソンでミックスサラダを購入。ポテトサラダを探してみたが、結構なお値段なのでミックスサラダで済ますことに。とはいえ、このミックスサラダ、なかなかボリュームがあり、お買い得感はそれなりにある。


● 携帯やスマホがなくても何とかなる?



一日、ほぼ片時も離さず使っているスマホだが、ほんの数十年前、半世紀前にはこんなものはなかったし、なくても十分に生きていた。まあ、便利なものだから使わせてもらっているが、なかった頃の記録、残しておきたい記憶を吐き出しておく。


社会人になって数年。仕事にも慣れ、めちゃくちゃ忙しい日々だったが、なんとか時間の都合をつけてジャマイカに数回行った。

携帯やスマホはもちろん、インターネットもない時代。確か2回目にジャマイカへ行った時、現地でとても仲良くなった友人ができた。そして3回目に行く時、彼に「急に休みが取れたから、この時期にジャマイカに行くぜ」と手紙を出した。しかし、それがいつ届くかはわからない。まあ、なんとかなるさ。そんな時代だった。


NYかマイアミを経由してようやくジャマイカに着き、ホテルに入る。ある程度土地勘のある街、モンテゴ・ベイ。「ここは大丈夫」なエリア、「ここはちょっと気をつけたほうがいい」エリア。そんな土地勘がある街だった。


ダウンタウンの路端で、物売りがまるで朝市のように並んでいる。そんな一角でウィンドウショッピングならぬストリートショッピングをしていると、誰かに声をかけられる。「ヘイ、ジャパニーズ? トキオ?」そんな感じだ。

そこで誰かと話し、友達の名前を伝えて、「もし彼を見かけたら、俺がモンテゴ・ベイにいることを知らせてくれ」と何人かに頼んだ。そうすると、翌日の朝、トントンとホテルのドアを叩く音がして、彼がやってくる。そんなことが普通だった。


「日本人がやってきたらしいぜ」「あいつに会ったらこう伝えてくれ」。そんな話が一日二日で地元の口コミネットワーク――もちろんネットの掲示板などではない――に乗り、ちゃんと目的が達成される。そんな感じである。


たぶん昭和、大正、明治、江戸時代……もっともっと昔も、そんな人間同士のコミュニケーションで十分に伝達が行われていたのではないか⁉️と想像する。

電話がなくたって、メールがなくたって、宅急便がなくたって、十分に生きていける。


ちなみにその3回目のジャマイカは、1990年代前半だったと思う。

その頃、レストランやスーパー、ホテルなど大きな店舗には固定電話があったが、個人宅にはあまりない、そんな時代だった。

その数年後にジャマイカに行った時、固定電話は普及しないまま、携帯電話が普及しだしたのを覚えている。要は電話線を張るというインフラが整う前に、基地局を使って携帯電話を使う文化がやってきた。そんな感じだ。


印象的だったのは、道端の露天商。サンダルや靴を山盛りにして売っているような状況で、同じように携帯電話のケースが山盛りになって売られていたこと。やはり便利なものがあれば、人間はすぐにそれを使う。


その貪欲なコミュニケーションに対する願望、欲望はものすごいものがあるんだなあと、ジャマイカの露天商を見て思ったものだ。


●東に向かって歩く。



まだ東の空は薄暗く、やや低い位置に三日月が見える。もう少しすればお日様も出てくるのだろうが、このなんとも言えない朝焼け前の時間、これを味わえることに感謝である。

ぎゅうぎゅう詰めの1日の中で、なんとか確保している職場まで歩くパーソナルな時間。


空を見て、

足元に気をつけながら歩ける。

なんと感謝なことだろうか。




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