2025/12/09 6:20:58 火曜日
気温8.6度天気晴れ
#音声入力日記
今朝はコンビニで昨日と同じ和風ツナパンと、大根が入った和風サラダを購入した。
ずいぶんと不思議な夢を見たせいで、どうにも眠りが浅かったようだ。
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●おそらく20年以上の付き合い。
気がつけば、本当に長い長い付き合いになっていた。着慣れたフリースなのだが、ついにジッパーが壊れてしまい、普段使いにはとても耐えられない状態になってしまった。あまりにも使い続けたため、フリースの生地の一部が薄くなっている箇所もあり、そろそろ買い替えの時期だろうと感じている。
今着ている Foxfire のカメラマンコートの2世代前のものなのだが、それと**同じ時期**に買ったフリースだったことを覚えている。そう考えると、軽く20年、もしかしたら25年は着ていたことになる⁉️
まあ、そんなことはどうでもいいのだが、長く付き合える服との出会いには、いろいろな思い出が詰まっている。
だから処分するには、やはり抵抗がある。しかし、日常使いに必要な衣類なので、早めに新しいものを購入しなくてはならない。その、何とも言えない切ない気持ちを、今味わっているところだ。
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●黒船のルート?
最近、久々にPodcastの「 #コテンラジオ 」を聴き直している。ほぼ1年前のシリーズなのだが、黒船艦隊の船長であるペリーの話だ。
日本側からの視点での「黒船」という情報は多くあるが、この番組はアメリカ側から日本をどう捉えていたかという視点で語られており、聞いていてなかなか新鮮な情報も多く、かなり引き込まれている。
そして、あまりに単純な思い込みをしていたことに気がついた。それが、黒船が日本にやってきたルートについてだ。
私の知識では、当時、アメリカの捕鯨船は広範囲に太平洋を行き来しており、そのための船の物資補給などで日本にも立ち寄りたいという意向があったと聞いていた。そのため、当然、アメリカの西海岸からあの黒船の軍艦はやってきたのだと思い込んでいた。
しかし、それは大いなる勘違いだった。彼らは地球を4分の3周航し、アメリカの東海岸からヨーロッパ、そしてアフリカの喜望峰を経てインド洋を渡り、日本にやってきたとのこと。
なんと遠い道のりだったのだろうか。
その時代にこれだけの長距離を移動するには、それなりの覚悟と物資がなければ不可能だ。まして、まだテクノロジーとして未成熟な蒸気船での航海であったことを考えると、それはそれは壮大なルートだったのだと、歴史に思いを馳せた次第だ。
まだまだ知らないことがある。それを知ることで脳のどこかを刺激されることがいっぱいあると思うと、歴史の探求もこんなに面白いものはない。
そうそう、そのペリーがやってきたルートの半分以上は、日露戦争の時にロシアのバルチック艦隊が通ってきたルートと変わらないのではないかと思うと、あのバルチック艦隊がどれだけ長距離移動して日本海に突入してきたか、なんてことまで関連付けて想像してしまった。
