【2025】息子が放つ「知らねえよ」!ブーメランのように自分に刺さる言葉と向き合う夏 250731

2025/08/01

高3息子くん 子育て父ちゃん 反抗期

t f B! P L

 


2025年7月31日 木曜日

気温25度、天気晴れ

いつもの100円ローソンでポテトサラダを購入。昨日買った食パンとバナナを一緒に食べる予定だ。これで少々メニューに変化をつけられた。


今朝は少しばかり気温が低く、爽やかな感じがする。昨日は35度か36度までは上がらなかったが、日差しが猛烈に強くて夕方には少々熱中症気味になり、軽い頭痛がした。



●息子くんの口癖「知らねえよ」

 #高3息子くん が戻ってきて、この数日は日々小さなバトルというか口げんかは絶えない。

その中で彼に何回か伝えた言葉がある。


「君がよく言う言葉、それが出てきたら、自分と向き合うチャンスだよ」と。


その言葉が「知らねえよ」である。喧嘩が発展していき、ちょっとしたバトルになってくると、大概自分の矛盾に気がつき、最後に出てくる言葉が


この「知らねえよ」である。


その言葉が出てきた時が、君が自分と向き合うチャンスのタイミングだよと教えてあげた。

このことがどこまで彼に通じるかわからないが、これはわかりやすいシグナルだとは思う。


そんな彼へのアドバイスでも自分へ置き換えてみると、偉そうな事は言えないなんて思えてくる。

基本的な毎日の仕事や毎日のルーティンワークなどは着々とこなしているが、中長期というスパンで自分がどうあるべきか、どうしたいかなんて考えているかと言うと、そうではなく、日々の生活の中で自分に対して「知らねえよ」の言葉がついつい出ているのではないだろうか。


彼へのアドバイスのつもりが、そのまま自分へブーメランのごとく戻ってきている。


「知らねえよ」はもう「やめよう」


訂正:「知らねえよ」なんて単語は「知らねえよ」


再訂正:「知らねえよ」は「いらねーよ」


良いフレーズがしっくりくるフレーズが思いつかない。


●自分と向き合う時間、自分との対話


自分と会話をしているのだろうか?そんなことを考え出したら、何か自分に対して申し訳ないような気がしてきた。


日々の生活に流され、自分自身とどんだけ会話をしているのだろう。自分の人生や家族の人生を、どれだけ考えているんだろうか。


自分にもっと自分を可愛がってやらないと、何のために生きてるのか、何のために前に進んでいるのか、そこを見失ってしまう。


こうやって音声入力するのも大切ではあるが、やっぱり紙のノートに手書きで文字を記すこと。あれが大切だと今、大いに反省し始めている。


自分との対話。ペンの先と自分の心を直結させる。ペンの先と左脳ではなく、右脳と直結させるあのつながった感覚。 ←あれが今欲しい。


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