【2025】友人との面会で考えたこと:生きる希望と「言葉を交わさないコミュニケーション」の力 251020

2025/10/21

ICUくん ライフログ 上向氣

t f B! P L

 2025/10/20 6:05:24 月曜日

気温15.8度天気雨

#音声入力日記


地元の100円ローソンで定番のミックスサラダとツナコッペパンを購入。このローソンもあと一週間ちょっとで閉店してしまう。朝食メニュー難民に突入してしまうわけだが、さて、どうしたものか。


土曜日が出勤だったので、短い短い週末ではあったけれど、非常に濃密な週末となった。



●お見舞いに行ってめちゃくちゃ元気と生きる力をもらったこと


日曜日はインバウンド客でごった返す渋谷のハチ公口を抜けて、友達が入院している病院まで向かった。昔の景色を探しながら、やや思い出しながらの道のり。


予定より早く着いたのだが、待ち合わせをしていた二人の友人も早く着いてしまったらしく、手持ち無沙汰にしていたようだ。


ICUくんの弟さんと合流し、面会の段取りなどを教わり、友達三人で病室に入った。


最初、声をかけたとき、「誰が来たのかな?」といった彼の反応だったが、私たちの顔を見た瞬間、みるみるうちに彼の表情の変化が見て取れた。今こうやってその瞬間を思い出すだけでも感情がこみ上げてきて、涙腺が緩みそうになる。


事前に弟さんからの情報では、体をほとんど動かすこともできず、コミュニケーションもあまり取れないが、頭はしっかり機能していて、手を握ると握り返す、そこまでの情報しか得ていなかった。だが、そんな前情報を吹き飛ばすくらい、彼の容体は決して悪いものではなかった。


いっぺんに三人も昔の友達が来たものだから、もう情報が溢れんばかりに彼の脳内を駆け巡ったんだと思う。


スマホで昔の写真を見せたり、みんなの近況を少し話したり、そんなことをしているだけだったが、充分に彼の目の奥底にある喜び、顔の表情が訴えてくる喜び、生きる力みたいなものが伝わってきて、本当にお見舞いに行ってよかったと感じた。


たとえどんなことがあっても、

今そこに生きていてくれる。

それだけがめちゃくちゃ嬉しかった。

そして、手を握って目を合わせているだけで、

まるでテレパシーでお互いの思いを交換しているようだった。


いや、しているようではない、

絶対していた。

別に言葉を交わす必要はない。

そこに奴がいてくれる。

それがめちゃくちゃ嬉しかった。


彼の目からも涙が出ていたし、一緒に行った仲間みんな泣きじゃくってしまった。


行くまではとにかく気が重く、「努めて明るくしよう」なんて気負いながら、ビクビクしながら行ったのだが、本当に彼に会えてよかったと、心の奥底から思えるそんなお見舞いができた。


お見舞いに行ったのに、彼からたくさんの生きる勇気と元気と、何かものすごい大きなものをもらったような、そんな気がした。


● ICU君に表現するツール、外の世界とつながるツール、どんなものが提供できるだろうかを考える


彼の弟くんからお見舞いの品はご遠慮くださいとの事前の連絡があったので、写真とか、何か思い出のものを持っていくことすら諦めていた。


彼が入院している部屋は六つぐらいベッドが並んでおり、カーテンで仕切られている。そんな感じの病室だった。隣のベッドから小さな音でテレビの音も聞こえていた。これならば音楽を鳴らすこと、ラジオを聴くこと、耳からの情報は得ることが可能では、と思った。


人は孤独なとき、ラジオを聴いていると、それだけで社会と繋がっていられる。誰もいないキャンプ場とか山の中でラジオを聞くと、本当にそんなことをよく考えていたものだ。


ニュース番組やトーク番組、音楽番組、何でも聞きながら「そうそう、そうなんだよ」「うん、そうなんだよ」と共感するだけで、何か夢の中の誰かと繋がれている、そんな感覚になれる。


色々な制約はあると思うが、彼にまずその退屈な日常に少し刺激を与えることができそうな気がしてきた。


握手したとき、思いのほか力強く握り返してくれたし、彼にスマホを見せると指で操作しようとしたり、十分なコミュニケーションが取れそうな気がした。


病室なので、インターネット環境、Wi-Fi環境などはとりあえず難しいかもしれないが、ラジオとか、ダウンロード済みのコンテンツを見るためのタブレット端末みたいなものなら行けそうな気がする。


イメージとしてホーキング博士みたいなものか。いや、今の彼の状況は、ホーキング博士より格段にレベルはいいと思う。手が動かせるし、顔の表情も豊かだし、何しろ一年間のリハビリ生活で体は不自由だが、肌の色艶なんかめちゃくちゃよかった。


長い間患っていた糖尿病も、リハビリ生活のおかげですっかり完治してしまったとのことだ。


ともあれ、どんな形ができるかわからないが、できることをやりたい、してあげたい。そんなことを考えている。


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